沖縄戦

ページ番号1002709  更新日 2024年1月11日

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1941(昭和16)年に始まった太平洋戦争が終わる1945(昭和20)年、日本軍とアメリカ軍だけでなく、住民すべてをまきこんだ戦いが、沖縄では3カ月以上続きました。この「沖縄戦」によってなくなった人は、沖縄の住民9万4,000人、沖縄出身者もふくむ日本軍約9万4,136人、アメリカ軍1万2,520人といわれます。

沖縄は、日本軍とアメリカ軍の直せつの戦いが地上で行われた場所であり、この「沖縄戦」によって、子どもやお年よりをふくめた大勢の人たちが、ぎせいとなった島なのです。

沖縄戦は、アメリカ軍が1945(昭和20)年3月26日、那覇市の西にある慶良間諸島(けらましょとう)に上陸して始まりました。アメリカ軍は、4月1日に沖縄本島中部、読谷村(よみたんそん)に上陸し、北と南に分かれて進みました。南に向かったアメリカ軍は、日本軍の本部があった首里城(しゅりじょう)をめざし、軍を進めました。

中部および首里で行われた日本軍とアメリカ軍との戦いは、40日以上続くはげしいものでした。

5月下旬、日本軍は南部へてったいしました。沖縄は住民をまきこんだはげしい戦場(せんじょう)となり、多くの人々がぎせいとなりました。

沖縄戦が終わったのは、日本軍の司令官(しれいかん)が自分で命をたった6月23日といわれていますが、その後も、いろいろな場所で日本兵の抵抗(ていこう)は続きました。そのため、日本軍がこうふく文書にサインしたのは9月7日のことでした。

慰霊(いれい)の日

沖縄県では、6月23日を「慰霊の日」とし、戦争でなくなったすべての人のめい福と世界の平和を願い、各地で「慰霊祭(いれいさい)」を行います。

写真:沖縄全戦没者追悼(ついとう)式


「沖縄全戦没者追悼(ついとう)式」。毎年6月23日に糸満市の平和祈念公園で開催しています。

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