• 検索について
  • 組織で探す
  • 文字サイズ・色合い変更
  • ホーム
  • 暮らし・環境
  • 健康・医療・福祉
  • 教育・文化・交流
  • 産業・仕事
  • 社会基盤
  • 県政情報
  • 基地

沖縄こどもランドホームページ

ここから本文です。

更新日:2015年9月1日

沖縄戦

1941(昭和16)年に始まった太平洋戦争が終わる1945(昭和20)年、日本軍とアメリカ軍だけでなく、住民すべてをまきこんだ戦いが、沖縄では3カ月以上続きました。この「沖縄戦」によってなくなった人は、アメリカ軍1万2,520人、沖縄出身者もふくむ日本軍約9万4,136人、沖縄の住民9万4,000人といわれます。
沖縄は、日本軍とアメリカ軍の直せつの戦いが地上で行われた場所であり、この「沖縄戦」によって、子どもやお年よりをふくめた大ぜいの人たちが、ぎせいとなった島なのです。

沖縄戦は、アメリカ軍が1945(昭和20)年3月26日、那覇市の西にある慶良間諸島(けらましょとう)に上陸して始まりました。アメリカ軍は、4月1日に沖縄本島中部、読谷村(よみたんそん)に上陸し、北と南に分かれて進みました。南に向かったアメリカ軍は、日本軍の本部があった首里城(しゅりじょう)をめざし、軍を進めました。。
中部および首里で行われた日本軍とアメリカ軍との戦いは、40日以上続くはげしいものでした。
5月下旬、日本軍は南部へてったいしました。沖縄は住民をまきこんだはげしいせんじょうとなり、多くの人々がぎせいとなりました。
沖縄戦が終わったのは、日本軍の司令官が自分で命をたった6月23日といわれていますが、その後も、いろいろな場所で日本兵のていこうは続きました。そのため、日本軍がこうふく文書にサインしたのは9月7日のことでした。

慰霊(いれい)の日

沖縄県では、6月23日を「慰霊(いれい)の日」とし、戦争でなくなったすべての人のめい福と世界の平和を願い、各地で「慰霊祭(いれいさい)」を行います。


「ひめゆりの塔」。沖縄戦でぎせいになった「ひめゆり学徒隊(学徒隊)」の女子学生をとむらっています。

お問い合わせ

子ども生活福祉部平和援護・男女参画課(代表)

〒900-8570 沖縄県那覇市泉崎1-2-2 行政棟3階(南側)

電話番号:098-866-2500

FAX番号:098-866-2589

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?