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ホーム > 沖縄こどもランド > 平和と国さい交流 > 海外移民と国さい交流

沖縄こどもランドホームページ

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更新日:2015年9月1日

海外移民と国さい交流

周りを海に囲まれた沖縄県は、中国や東南アジア諸国をはじめとするアジアの国々と、古くから交流してきました。また、戦前・戦後を通じて、たくさんの県民が海外にうつり住んだことから、ハワイや北アメリカ、南アメリカの国々との交流がふえてきました。
げんざいでは、国さい協力として、開発半ばの国々からりゅう学生などを受け入れ、それらの国々のけいざいや教育などの発展に力をかしています。
これからも、沖縄県はアジアや太平洋地いきの交流や協力のため、いろいろな取り組みを行っていきます。

沖縄から海をわたった人たち

働き口を求めて、日本人が海外へうつり住んだのは1868(明治元)年が最初で、場所はハワイでした。
沖縄では、1899(明治32)年12月5日に、27名がハワイに出発したのが初めてのことです。1903(明治36)年には、第2回ハワイ移民(いみん)40名が、金武町(きんちょう)出身の当山久三(とうやまきゅうぞう)に連れられて旅立ったほか、アメリカ本土へも51名の人が初めて海をわたりました。
1923(大正12)年ごろからは、アメリカやカナダで日本人をしめだす運動がはげしくなったため、沖縄県からの移民は南アメリカ中心になり、ブラジルやペルーなどに、多数の人々がわたりました。
1948(昭和23)年には、戦後初めての移民33人がアルゼンチンへわたり、ボリビアなどへもぞくぞくと人々がうつり住みました。しかし、1958(昭和33)年をさかいにして、げんざいは海外へわたる人々はへり続けています。


当山久三(とうやまきゅうぞう)像

世界のウチナーンチュ大会

沖縄の方言でウチナーンチュとよばれる沖縄の人たちは、明治時代の中ごろから、南アメリカや北アメリカ、ハワイなどへわたって、大ぜいの人が働いていました。その家族は、げんざい世界中に約40万人ほどいるといわれ、それぞれの国で活やくしています。
沖縄県では1990(平成2)年、世界中にいるこれら沖縄出身者やその家族を沖縄にまねき、「第1回世界のウチナーンチュ大会」を開きました。
17か国から2397人の人々が参加したこのイベントは、海外に住む沖縄出身者のネットワークをつくることを目的にしたもので、地元の人々とあたたかな交流を深めました。このあと、1995(平成7)年に第2回大会、2001(平成13)年に第3回大会、2006(平成18)年に第4回大会、2011(平成23)年に第5回大会が開かれ、世界各国からおとずれたのべ1万9千人のウチナーンチュとの間に多くのふれあいが生まれました。
また、2016(平成28年)年には、世界とのネットワークをもっと強くするため、10月26日~10月30日の期間で「第6回世界のウチナーンチュ大会」が開かれます。

お問い合わせ

知事公室広報課(代表)

〒900-8570 沖縄県那覇市泉崎1-2-2 行政棟5階(南側)

電話番号:098-866-2020

FAX番号:098-866-2467

文化観光スポーツ部観光政策課(代表)

〒900-8570 沖縄県那覇市泉崎1-2-2 行政棟8階(南側)

電話番号:098-866-2763

FAX番号:098-866-2767

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